ベストセラーと「雰囲気」◆エッチ1952(昭和27)年から朝日新聞で連載された舟橋聖一の「白い魔魚」で、主人公の女子大生、竜子が使った言葉。いやらしい男を意味し、変態(HENTAI)の頭文字からとられている。女子学生の間で使われ始めた言葉を、新聞小説で取り上げたことで一般に広まった。露骨さを排除した言葉の響きが息の長い流行語となった理由のひとつだが、近年では、性行為そのものを指す意味合いが強くなっている。ほかにこの小説からは、下品、程度が低いといった意味で「最低ね」というのも流行した。 ◆よろめき1957(昭和32)年の三島由紀夫の小説「美徳のよろめき」から生まれた流行語。生まれも育ちも良く1児の母である主人公・節子の恋が描かれ、戦後の性の解放と不貞をよろめきという言葉で表現したことが受け、ベストセラーとなり映画化もされた。「よろめき」は、女性の不貞、浮気の意味から、「心理的動揺」という軽い意味まで含まれ、一般化した。「よろめき夫人」「よろめきマダム」「よろめき族」「よろめきドラマ」「よろめき文学」「よろめき小説」などの言葉まで生まれた。同じく三島作品の「永すぎた春」も流行語となった。 ◆限りなく透明に近いブルー1976(昭和51)年、芥川賞を受賞した村上龍のデビュー作の題名。米軍基地に近い福生に生きる若者たちのドラッグとセックスを描いた。「限りなく〜に近い〜」というフレーズは、書籍発売後1カ月もたたないうちから、ロッキード事件で疑われる政府高官を「限りなく黒に近い灰色高官」ともじったり、「限りなく人間に近いサル」と使ったり、多くの記事・雑誌に転用された。 ◆何でも見てやろう1961(昭和36)年、東大大学院生だった小田実が書いた旅行記のタイトル。58年にフルブライト留学生としてハーバード大学に留学。その後アメリカから欧米・アジア22カ国を1日1ドル(当時は1ドル360円)の貧乏旅行をし、海外渡航も自由でなかった時代に、先進国の病根から後進国の凄惨な貧困までの現実を書き、若者の憧れとなった。海外旅行が自由化されたのは東京オリンピックが開催された1964(昭和39)年4月。 ◆結婚しないかもしれない症候群◆大往生1994(平成6)年、永六輔のベストセラーのタイトル。無名の人びとの生と死に関する名言を集め、「老い」「病」そして「死」という重いテーマを軽妙な語り口で明るく取り上げた。日本人の死生観を改めて考えさせられる1冊となり、売上部数は200万部を超し、「バカの壁」に抜かれるまで新書の売上最多記録であった。 ◆ゴーマニズム小林よしのり作の『ゴーマニズム宣言』(週間SPA!連載・扶桑社)から。過激に現代世相を斬って若者に大人気。“独断と偏見に満ちた傲慢主義”が売り物で、作者自身の行動力が成功の秘密といわれる。政治家、右翼団体、文化人、宗教家まで、実名で登場するのが魅力で、作者自身直接取材しているという。 小林は『東大一直線』『おぼっちゃまくん』などで名の知られたマンガ家で、20代、30代読者の支持が大きい。この他に『小林よしのりの異常天才図鑑』『小林よりのりのゴーマンガ大事典』などが出ている。 事典に出てくるユニークな言葉から―「ぐみんなさい」(愚民ならではの軽率さからくる失敗を謝罪する)。「ボッキにん」(性欲に悩みながらも解決法のない人)等々。決め台詞の「ごーまんかましてよかですか?」も流行。「〜してよかですか?」は多様な場面で流用された。 ◆清貧1993(平成5)年、中野孝治の「清貧の思想」から。政治家、官僚、財界人だけでなく、市井の庶民まで、拝金、物欲の塊と化している風潮に対して、敢然と一矢を報い、ベストセラーになった。こういった本のヒットの背景には、バブル経済崩壊後の不況、それに伴う質素な生活への回帰、といった時代のムードがある。だが一方では海外旅行の人手はまた盛りかえし、JR東日本株には買い注文が殺到したという現実もある。「清貧」は時代のキーワードになったが、金満日本へのアンチテーゼとしてだけでなく、清貧という心地よさげな言葉の持つ力が大きい。 ◆失楽園1997(平成9)年、日経新聞に連載された渡辺淳一のベストセラー小説。窓際族となった中年エリート社員と医師である夫と冷え切った関係にある30代後半の女性との不倫の物語。その性愛表現の凄さが連載中から話題となり、単行本も300万部以上の売り上げ。映画化、テレビドラマ化され、不倫をすることを「失楽園する」というなど流行語となり、日本列島を不倫旋風に巻き込んだ。 ◆人間の証明1975(昭和50)年から「野生時代」に連載された森村誠一の作品。原作に引用された「母さん、僕のあの帽子、どうしたでせうね?」という西条八十氏の詩は、テレビでも繰り返し流され、流行語となった。原作は500万部の大ベストセラー、角川作品第2弾として(1作目は「犬神家の一族」)松田優作主演で制作された映画も配給収入20億円を超える大ヒットとなった。「読んでから見るか、見てから読むか」の宣伝コピーも流行語になり、森村誠一ブームが起こった。作品の執筆のきっかけは、ある出版社の社長から、作家としての証明書となるようなものを書いてほしいと言われたことだという。2004年には、竹野内豊を主役に再びドラマ化されている。 ◆まるきん、まるびイラストレーター渡辺和博の『金魂巻』より。医者、OL、看護婦、イラストレーターなど31種類の職業につく人々のライフスタイル、服装、行動などをすべて金持ちと貧乏人に分けて、図解イラスト付で面白く分析し、ベストセラーに。○金、○ビは流行語になった。2分法はどんな考え方にもつきものだが、金持ちと貧乏人の対極を見る発想は、現在のテレビ番組でも人気に。 |
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